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あるハイドン・ファンの独白 2006/01/21
この、特別の日の演奏会に寄せて

  モーツァルト、すなわちヨハン・クリュゾストム・ヴォルフガング・ アマデーウス・モーツァルトは、ちょうど250年前、1756年1月27日にオーストリアの 古都ザルツブルクに生まれた。早世の天才作曲家の誕生日(誕生月、誕生年)は、 世界中のコンサート会場や劇場をはじめ、教会、展覧会場、大学、オークション 会場などで祝われることになる。

  浜離宮朝日ホールでは、この誕生の日にオーケストラ・リベラ・クラシカが 登場し、「フィガロの結婚」序曲、モテット「エクスルテーテ・ユビラーテ」、 「ハフナー・セレナード」を演奏する。なんでもメインプログラムに「ハフナー・ セレナード」が選ばれたのは、そのケッヘル番号がちょうど250だからということらしい。 微笑ましい数字あわせではあるし、その祝祭的な性格や音楽的な充実ぶりもこの特別の日に 相応しい。でも、それだけでもないような気がする。

  古楽器を使用し、作曲者の意図にもっとも近い楽譜を選んで演奏する オーケストラ・リベラ・クラシカにとって、音楽学との連携は彼らのアイテンディティの 一部を形成しているといってよい。日本ではまだ認知度は高くないが、音楽学者たちは これまで気の遠くなるような時間と労力を費やして、伝承された楽譜や各種資料を徹底的に 調査し、作曲家の意図にできる限り忠実な楽譜の作成・出版に努めてきた。モーツァルトに おいて一連の研究の嚆矢となったのは、作曲者の生誕100周年の年に刊行されたオットー・ ヤーンの『W.A.モーツァルト』およびその6年後のルートヴィヒ・フォン・ケッヘルの モーツァルト全作品年代順主題目録なのである。1877年に開始する(第1回目の)作品全集は、 とりわけケッヘルの目録に依拠しながら編集・刊行された。

  20世紀にはいると、モーツァルト作品の様式研究、書簡全集刊行、専門研究誌、 伝記研究や作品目録の改訂というように、めざましいスピードで研究成果が蓄積される ようになり、生誕200周年となる1956年の前後からは新全集の刊行、網羅的なレコード録音が 開始され、一般の音楽ファンにもその恩恵が行き渡るようになる。現在では、英米の音楽学者の 積極的な関与をえて、国際的な協調のうちに研究精度を高めている。

  こうしてみると、モーツァルトの誕生記念年はモーツァルトの研究や演奏など、 やがては一般の音楽ファンへの財産となる成果が生まれる契機となってきたことがわかるだろう。 高度に専門化した研究成果の一部は理解しやすい啓蒙的書物となり、あるいはオーケストラ・ リベラ・クラシカのような団体の演奏を通して音楽ファンに還元されてきている。すると、 この演奏会のメインに「ハフナー・セレナード」が選ばれていることには、モーツァルト研究の 礎を築いた作品目録の編者ケッヘルへのオマージュという意味が込められているとはいえないだろうか。


○歌劇「フィガロの結婚」K.492 序曲
  ボーマルシェの戯曲『狂おしい1日、あるいはフィガロの結婚』をもとに ダ・ポンテが台本を執筆したこのオペラは、オペラ・ブッファを代表する名作のひとつ。 1789年8月1日にウィーンのブルク劇場で初演された。物語はロッシーニの作曲でも人気の高い 「セビーリャの理髪師」の後日談にあたる。こんにちの観客には、尊大なアルマヴィーヴァ伯爵を 才気煥発なフィガロたちがやり込める痛快なストーリーと映るが、フランス革命前夜のパリに あっては相当に過激と考えられ、ボーマルシェの戯曲は当時上演禁止の処置がとられていた。
  序曲は、その後に展開される物語で、各登場人物の複雑なしがらみをいとも容易に 解きほぐしてゆくフィガロその人のごとく、明るく軽快、明快に進められる。

○セレナード第7番ニ長調「ハフナー」K.250(248b)
  セレナードは、元来、若い男性が夕べに恋人の窓の下で歌う声楽曲をさしていた。 しかしザルツブルクでは当地独自のジャンルとして、結婚式、誕生日、命名日、あるいは 大学の夏学期の終了の祝宴などのためのオーケストラ作品もこう呼ばれた。代表的な作曲家に モーツァルトの父レオポルト、ミヒャエル・ハイドン(ヨーゼフの弟)などがいる。 通常は楽章は6〜9つで、2つないし3つのメヌエット楽章、複数のコンチェルタンテ(協奏風)楽章が 含まれる。
  「ハフナー・セレナード」は、「ポストホルン・セレナード」とともにモーツァルトの この種のジャンルを代表する作品で、1776年6月の作曲。父レオポルトの友人でザルツブルクに 住む富裕な商人ジークムント・ハフナーの令嬢エリーザベトの結婚式前夜の祝宴のために作曲された。 全体は8つの楽章からなるが、楽師たちが所定の位置に移動する間をもたせるための行進曲 K.249もこの時のために作曲されている。
  第1楽章 アレグロ・マエストーソ 4/4拍子 ニ長調―アレグロ・モルト 2/2拍子 ニ長調、
  第2楽章 アンダンテ 3/4拍子 ト長調、
  第3楽章 メヌエット―トリオ 3/4拍子 ト短調/ト長調、
  第4楽章 アレグロ 2/4拍子 ト長調、
  第5楽章 メヌエット・ガランテ―トリオ 3/4拍子 ニ長調/ニ短調、
  第6楽章 アンダンテ 2/4拍子 イ長調、
  第7楽章 メヌエット―トリオI&II 3/4拍子 ニ長調/ト長調・ニ長調、
  第8楽章 アダージョ 4/4拍子 ニ長調―アレグロ・アッサイ 3/8拍子 ニ長調。

○モテット「エクスルテーテ・ユビラーテ」KV165 (158a)
  「踊れ喜べ、幸いなる魂よ」で始まるこの宗教的作品は、カストラート(男性去勢)歌手 ラウッツィーニのために1773年1月に作曲され、ミラノのテアチノ修道会教会で初演された。 作詞者は不明。3つの楽章からなるが、終始天上的な喜びに満たされ、輝かしい「アレルヤ」で 頂点に達する。当日は「ハフナー・セレナード」の枠内で演奏されるという。
  第1楽章 アレグロ 4/4拍子 ヘ長調、
  第2楽章 アンダンテ 3/4拍子 ヘ長調、
  第3楽章 アレグロ 2/4拍子 ヘ長調。


(飯森豊水)

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