鈴木秀美指揮オーケストラ・リベラ・クラシカが期待通りの成果をあげて4度の定期公演を終えた。今回、第5回からは2年目にはいる。それまでハイドンの交響曲といえば、一部の作品を除いて、「パリ」交響曲以前にはほとんど聴くべきものがないというのがおそらくは一般音楽ファンの認識であっただろうから、そうした固定観念を見事に打ち破った1年であったことになる。個人的には、しかし今までの水準を維持するというのではなくて、今まで以上に、毎回、予期せぬ驚きをもたらしてくれるシリーズになって欲しいと、切に願っている。
第5回定期公演については、オーケストラ・リベラ・クラシカの聴き手の皆さんはどんなことを期待されるだろうか。私が個人的に今回の聞きどころと思って期待している点をいくつか。
1)モーツァルト:フルート協奏曲第2番
2年目の定期演奏会では、毎回、協奏曲が挟まれるとのこと。鈴木さん本人以外の独奏ということでは、菅きよみさんによるこのフルート協奏曲が第1弾ということになる。 これまでのオーケストラ・リベラ・クラシカの演奏会でも、個々の奏者の独奏は何度も見受けられた。これはちょうど、ハイドン自身が1761年にエスタハージィ侯爵家の副楽長に就任し、いわば楽団にとっての新任「音楽監督」として、当初の数年間に行ったことと呼応している。すなわち、侯爵にメンバーの優秀さを認識させるため、また、メンバーには、華やかな独奏を提供して信頼関係を深めるために、独奏を随所に織り込んだ書き方をしていたのだ。これは結果的に、この時期の作品を演奏するオーケストラ・リベラ・クラシカのメンバー紹介にもなっていたわけだけれど、その中で菅きよみさんの水際だったフルート独奏に魅了されなかった方はおそらくいないことだろう。
菅さんはすでにバッハ・コレギウム・ジャパンでブランデンブルク協奏曲第5番で名演を聴かせていたけれど、こんどは古典派の、人気の高い独奏協奏曲である。期待の質はおのずと違ってくる。
2)変奏の名人
音楽史上におけるハイドンの功績の説明として、しばしば私たちは次のような表現に出会う。「ハイドンは交響曲や弦楽四重奏曲などを通して、緻密で堅固に設計されたソナタ形式を完成させ、これらのジャンルを確立した」。つまり、器楽曲におけるハイドンの最大の功績はソナタ形式の確立であり、交響曲、弦楽四重奏曲、ソナタなどにおいてその成果が認められるというものである。でも、これだけでは私たちがオーケストラ・リベラ・クラシカで聴いてきた充実の時は説明されない。彼らの演奏しているのは、そうした「古典的なソナタ形式が確立する前」の、いわば「不完全」なソナタ形式の音楽とされるものなのだから。
おそらくこうした説明には問題があったのだ。ハイドンの愛聴者ならご存じのように、彼は青年期から晩年に至るまで、変奏を愛好し、いやそれどころか彼の創造のひとつの中核においてさえいた。例えば第4回定期公演の最後で演奏された「ホルン信号」交響曲の最終楽章。オーケストラ・リベラ・クラシカの演奏で聴けば、これがどんなに深々とした世界を繰り広げ、また劇的な効果を持っているかが解る。
第5回定期の作品でいえば、まずは交響曲第14番の緩徐楽章。これは変奏曲形式ではなく、ソナタ形式の楽章ではあるけれど、単純な親しみやすい旋律が幾度も反復されて、変奏の一種に数えることができる。それから第53番の緩徐楽章は、長調と短調のふたつの主題を対比させながら変奏させていく二重変奏と呼ばれるものだ。おそらくどちらも従来の演奏なら聞き逃してしまうような、オーケストラ・リベラ・クラシカならではの味わいがあるはずだ。
3)オペラ作曲家兼指揮者としてのハイドン
ハイドンがオペラの多作な作曲家であり、こんにちの歌劇場専属指揮者でさえも舌を巻くような多忙な指揮者であったことは意外に知られていない。彼は現存する13曲のイタリアオペラ、ドイツ語のマリオネットオペラなど全部で20曲を超える作品を書いた。また指揮者としては、侯爵家の離宮エステルハーザ宮殿で1776年から90年までの間に100曲以上のオペラを上演していたし、ある年には17の演目で125回の上演を記録しているのである。
オペラ活動の合間に作曲された交響曲第53番「帝国」は、オペラ的な雰囲気が色濃く表れていて楽しくもあるが、しかし実のところあまり評判がよくない。その前後の時期の作品に比べて密度が薄いというのだろう。では、鈴木秀美とオーケストラ・リベラ・クラシカはこの曲をどう聴かせてくれるのか。どんな工夫があるのか。この曲に対するイメージが一変することを密かに期待しているところである。
(飯森豊水)
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