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あるハイドン・ファンの独白 Vol.15 2006/06/06
パズルのような、ややっこしい話

  オーケストラ・リベラ・クラシカの第15回演奏会では、ヴァイオリンとヴィオラの協奏交響曲、 そしてメインとなる「リンツ」交響曲という2曲の名作を据えている。協奏交響曲の独奏者の顔合わせも興味 深く、これだけでも期待が昂るところだ。

  さて、その前にひかえるハイドンの交響曲第63番はどうだろう。数種類発売されているCDを聴 けば、全体として朗らかで快活で親しみやすい曲調をもっていて、なかでも第2楽章が特有の魅力をそなえた 変奏曲であることがわかる。全体として、ハイドンがエステルハーザ宮殿の劇場でオペラや劇付随音楽の上演 に多忙を極めた時期の交響曲に特有の楽天性さにつつまれている。

  この曲の成立事情を、参考までに調べてみていただきたい。音楽的内容の明解さに比べ、こちら はとても一読したくらいでは理解できるものではない。だが、逆に、複雑ならばなおさら好奇心を逞しくする という向きもあるだろうし、この複雑さこそがハイドンの「劇場的」交響曲の一側面を解明してくれるともい える。それにこの曲については、2002年に待望のハイドン全集の楽譜が刊行され、それに伴ってこの曲の成立 史がかなり解明されてきた。そこで今回は、パズルのようなややっこしい話にはなるが、現時点で知られる 範囲で本作品の成立史についての情報をまとめてみよう。

  まずは議論を始める前提として、従来の一般的な説明に沿ってポイントをまとめてみよう。
1)交響曲第63番の成立の契機となったのは、1777年に巡業一座カール・ヴァール一座がエステルハーザで上演したC.-S.ファヴァールの劇作品《ソリマンU世、またはスルタンの3人の妻》だった。(ちなみにこの劇は、飽くことなく 女性を追いまわすオスマントルコのスルタン、ソリマンII世の宮廷が、賢明なフランス女性ロクスラーヌ Roxelaneによって改革されるという内容をもつ。原作はフランス語で1761年にパリで初演されたときには P.-C.ギルベールが音楽をつけた。)
2)ハイドンはこの劇作品の付随音楽として、自身のオペラ 《月の世界》序曲を転用し、《ソリマンII世》の女主人公ロクスラーヌにまつわる変奏曲を新たに作曲した。
3)この新曲が人気を博したのでハイドンはこれに基づいた交響曲を思い立ち、第1楽章に《月の世界》序曲を 転用、第2楽章に変奏曲を配し、第3楽章メヌエットと終楽章は1769-73年頃に書きかけていた 「未完のハ長調交響曲」から転用した。これが交響曲の「第1稿」。
4)しかしハイドンはこれには不満で、 第3楽章と終楽章を書き直した。これが「第2稿」。

  おおよそこうした解説は、おもにロビンズ・ランドンにいたる、実質的に1960年代までの 研究成果にもとづくもので、おそらく現在入手できるCD解説の多く、そして(筆者自身も関与した) 『作曲家別名曲解説ライブラリー ハイドン』(音楽之友社)でもその見解を踏襲している。そのランドンは フィルハーモニア版で上記の「第1稿」と「第2稿」を出版しており、これが今日までのスタンダードな 楽譜となってきた。

  2002年にハイドン全集の当該巻が発表されることによって、こうした「成立史」も、ランドンの 2つの稿についての見解も、その正統性が大きく揺らぐことになった。以下、スペースの問題もあるので、 事実関係を簡潔にまとめていこう。

  まずハイドン時代の種々の楽譜(自筆楽譜、筆写楽譜)の調査から明らかになったのは、 この作品の最重要楽譜資料としては3種類が伝承されているということだ。すなわち、A)《月の世界》序曲の 作曲者自筆のスコア、B)上記の2)でランドンが「未完のハ長調交響曲」と呼んだ、「メヌエット」と プレスティッシモの「終楽章」からなる自筆のスコア。C)交響曲第63番がエステルハーザで初演された時の、 写譜家によるパート譜。このC)の楽譜のうち、第1楽章はA)から、終楽章はB)のプレスティッシモ楽章から 作成され、残る第2楽章、第3楽章は新たに創作されたものであることが明らかになった。ちなみに、その他の 現存する第63番の楽譜は、すべてC)に由来するものであり、資料的価値は劣ることも判明した。

  この研究の結果、ランドンが第63番の「第1稿」の第3楽章としていたメヌエット楽章は、 第63番とは無関係であることがほぼ明らかになり、「第1稿」という概念そのものが否定されることになった。 (「第1稿」のプレスティッシモの「終楽章」が、第63番の初演時に演奏されたことは事実であり、これを 新しく作曲したプレスト楽章に交換して最終的な終楽章としたのちに、この交響曲が広く伝播するように なったことも確認されている。)ランドンが「第2稿」としたものはハイドン全集の楽譜に近いが、ランドンが 依拠した楽譜資料の一部には信頼性の低いものが含まれていることも判明している。

  さらに、成立史に関しても驚くべき結果が報告されている。上記のC)の第2楽章には"La Roxolana" あるいは"Die Roxolana"というタイトルがついていて、この交響曲あるいは少なくとも第2楽章が、 《ソリマンII世》に登場するロクスラーヌに関連していることは容易に想像することができる。しかし 第2楽章の変奏曲に登場する魅力的な主題(旋律)は、《ソリマンII世》のオリジナルであるギルベール作曲の 初演時のアリアの中に存在せず、ヴァール一座が上演したドイツ語翻訳版の全声楽曲にもない。そもそも この旋律は、かつてのハイドン研究者シェーリングが指摘しているように、跳躍が多く、声楽的というよりは 器楽的だ。したがって、現在の第2楽章が《ソリマンII世》の上演時に演奏された可能性は必ずしも高くない。 さらに加えるなら、この楽章の1本のフルートと1本のファゴットという編成は、楽団員数から判断して エスターハージィ侯爵家では1778年4月以降でなくては実現し得ず、この楽章が劇付随音楽として演奏された 可能性をさらに低めることになる。場合によっては、ハイドンが交響曲の作曲にあたって、劇とは無関係の、 当時愛好されていた旋律を使用した可能性もあるのではないか、とハイドン全集の校訂者は述べる。

  以上は、ハイドン全集の校訂作業から生まれた成果の一部である。これはランドン以前には 想像できなかったような徹底した資料研究の成果であり、当分の間はこの基本的な認識が覆される可能性は 低い。パズルのような、あるいは推理小説のような面白みをもった、現実の話である。
(飯森豊水)

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