「私的」有田正広讃
今年はモーツァルトの生誕250年の年なので、モーツァルトによほど
無関心でない方でなければ、1年間にわたってこの不世出の作曲家の作品に
さまざまな形で触れ、愉しみ、読み、考える機会が幾度もめぐってくることだろう。
誕生日の2日後に開かれるオーケストラ・リベラ・クラシカの
第14回公演でも、特別演奏会に続いてモーツァルトが演奏される。この回の
聴きどころは、音楽ジャーナリズム風にいえば、「古楽器の名手であると同時に
優れた指揮でもある有田正広と鈴木秀美のふたりが、久々に顔を合わせ、
有田が独奏、鈴木が指揮という夢の共演を実現する」ということになろうか。
私にとっても、それはその通りで何の異論もないが、ごく私的には、有田正広の
モーツァルトを再び耳にできると思うだけで興奮をおぼえてしまう。
いまから16年ほど前。栃木「蔵の街」音楽祭における有田正広指揮の
東京バッハ・モーツァルト・オーケストラは、交響曲第33番変ロ長調 K.319を
演奏した。彼らの演奏は、川を流れる水のように自然で無理がなく、透明感があって、
ほとんど演奏者の個性や主張を押しつけるところのないものだった。しかし演奏が
終わってしばらくすると、こんどは言葉にならない確たる存在感が私の中に
生まれてきた。会場からの帰路、人のいない夜道を歩く私には、さきほどの
フレーズと身を震わせるような感激とが一緒になって渦を巻きながら
押し寄せてきた。これは私がおそらく生涯で初めて、モーツァルトの交響曲の
神髄に触れた瞬間だった。
1782年、オペラ『後宮からの誘拐』が上演されたおり、
ヨーゼフ2世が「われわれの耳には美しすぎる。それに音符が多すぎるようだね、
モーツァルト君」と述べたのに対し、作曲者は「陛下、ちょうど必要なだけの
音符でございます」と答えたことがあった。ふだん私たちがモーツァルトを
聴く時には、思わず頬をほころばせるような愉悦――躍動的なリズムや
親しみやすく洗練された旋律など――に心を奪われることが多い。しかし、
モーツァルトの奥深さは、そうした人懐っこい魅力の背後にある、無駄を
完全に排除したところで成立する雄弁さ、すなわち「自然さ」、を通して
初めて実現するものなのではないか。
思い起こせば、有田正広のモーツァルトの「自然さ」の背後には、
モーツァルト自身の音楽と同様、無駄を排除した雄弁さがあったということかも
知れない。「栃木」以降の有田正広は、無駄を排除する傾向をさらに強め、
音楽の骨格だけをとりだして聴衆に提示する観さえある。どこかモーツァルト
では最晩年の作品にも通じる、孤高ともいえるスタイルだ。
さて、今回演奏されるフルート協奏曲第1番は、1777年頃に成立
している。まだ若さを残すモーツァルトの作品に、有田正広がどのような音楽を
聴かせてくれるのか。
作品解説
J.ハイドン:交響曲第76番 変ホ長調 Hob.I-76
ハイドンはボン生まれのヴァイオリン奏者でプロデューサーの
J.P.ザロモンに招聘され、1790年暮れからイギリス旅行にでている。しかし
それ以前にもイギリス旅行が計画されたことは何度かあった。1783年の手紙の
中で、ハイドンは交響曲第76-78番のことを「イギリスの紳士諸氏のために、
私自身が持参し紹介するつもり」であったと述べている。エスターハージィ侯爵家
ではなく、大衆を意識した音楽づくりをここに認めることが可能だろう。
自筆譜は存在しない。おそらく1782年に作曲。
第1楽章 アレグロ 3/4拍子 変ホ長調
第2楽章 アダージョ、マ・ノン・トロッポ 2/4拍子 変ロ長調
第3楽章 メヌエット/アレグレット―トリオ 3/4拍子 変ホ長調/変ホ長調
第4楽章 アレグロ、マ・ノン・トロッポ 2/2拍子 変ホ長調。
モーツァルト:フルート協奏曲第1番ト長調 K.313(285c)
1777年9月、モーツァルトはマンハイム、パリへの旅行に出発する。
従来、この協奏曲は、マンハイムで選帝侯カール・テオドールの宮廷楽団に強い感銘を
受けたモーツァルトが、その首席フルート奏者J.B.ヴェンドリングの紹介で、
アマチュア音楽家のF.ドジャンのために作曲したものとされていた。しかし、
近年の研究では、それよりも早く、旅行出発前にザルツブルクのコントラバス奏者で
フルートをも演奏するT.カッセルが1777年7月に私的に演奏したのがこの曲で
あったとする可能性も指摘されている。いずれにせよこの曲には自筆譜あるいは
モーツァルトの関与した筆写譜が存在しないため、正確な作曲年、作曲地は不明。
モーツァルトの2曲のフルート協奏曲のうち、もう1曲のニ長調の作品は、
オーボエ協奏曲 K.314(285d)をモーツァルトあるいは別の人物が編曲したものであり、
この作品が唯一のフルート用協奏曲ということになる。
第1楽章 アレグロ・マエストーソ 4/4拍子 ト長調
第2楽章 アダージョ・ノン・トロッポ 4/4拍子 ニ長調
第3楽章 ロンド/テンポ・ディ・メヌエット 3/4拍子 ト長調
モーツァルト:交響曲第35番ニ長調「ハフナー」K.385
オーケストラ・リベラ・クラシカの「特別演奏会」で演奏された
「ハフナー・セレナード」と同様、ザルツブルクのハフナー家のために作曲された。
富裕な商人でザルツブルク市長をも務めたジークムント・ハフナーの同名の息子が
爵位を授与されることになり、これを祝うための音楽として1782年7月末から
8月初旬にかけて作曲。手紙によれば、元来はふたつのメヌエット楽章を含む
5楽章構成で、さらに行進曲がつけられる予定であった。
第1楽章 アレグロ・コン・スピリト 4/4拍子 ニ長調
第2楽章 アンダンテ 2/4拍子 ト長調
第3楽章 メヌエット―トリオ 3/4拍子 ニ長調/イ長調
第4楽章 プレスト 2/2拍子 ニ長調
(飯森豊水)
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