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新嘉坡報告(その2) 2007/09/03 |
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さて、3日目になってようやく仕事の日。審査員の面々に日本人は私一人、他はシンガポール、台湾、韓国、のヴァイオリニスト、チェリスト、教育者などです。 結局のところ、参加者が何百人にもに至らなかったこと、お金がかかりすぎる、部屋が足りない等ということなどから、メイン・スポンサーの意向でコンクールが1日に短縮されたらしいのですが、それでも弦楽器だけで97人いたのです。管楽器に何人いたのかわかりませんが、ピアノは二日間ずっとやっていましたからきっと300人ぐらいいたのでしょう。 その弦と管を一日で聞くというのです。朝9時から12時、3時から6時が弦楽器、そしてその合間と終わった後に管楽器…途中に余裕なし! そんなこと無理に決まってるんじゃないの…と思いながら、まずは朝8時半にバスでホテルを出ました。 何をのんびり走ってるんだ? あと4分で開始時間だよ! というとき、ようやく大きな会場に到着。小走りにエレベータを上がり、300人ぐらいの小ホールに入ったときには既に「開始!」のはずの時間でした。しかしまあ、ここからが本当にケッサクとしか言いようがなかったのです。 ホールの中には何の緊張感もなく、審査員席の辺りでは黒いシャツを着たスタッフの女の子達が3人、箱の中をひっくり返して書類を探しています。大体それまで、私達には誰が何を弾くのか、何も知らされていませんでした。ようやくバインダーと鉛筆、書類を渡され、「え、97人!? ってことは大体一人3分!? そりゃあんまりだよ…調弦はどうするの? 誰が止めるの?」etc.etc…「?」の山です。非情な決断を短い間にしなければなりませんでした。 OK、さあ始めて始めて! と思ったときには既に10時近くになっていましたが、いっこうに出てきません。それまで、舞台袖のここところにチラチラッとかわいい子供の顔がのぞいていたのですが…「え、あんなちっちゃいのから聴くの!?」などと思っていたら、「子供が調弦できないんだよ、誰か来てあげて」との伝達に、議長のヴァイオリンの先生、私の友人であるLan Kuさんが走っていって小さな小さなヴァイオリンを調弦し始めました。おやまぁ! さてとにもかくにもコンクールが始まりました。最初の女の子は何でしたっけ、何だかバロックっぽいアレグロ楽章をとても「まことしやかに」演技たっぷりに弾いて、さっさと時間内に終わりました。次から次へと小さなヴァイオリニスト達が出てきます。しばらくしてヘンデルのソナタニ長調、かの有名な「レファラミ」の第1楽章を弾いた丸坊主の男の子は、何歳だったのでしょうか、とりわけ小さく、しかし立派な黒の燕尾服!! そしてその立ち居振る舞いは、どう見ても70歳を過ぎた大巨匠、例えばハイフェッツなどを思わせずにはいられないのです。「何分の一」というようなヴァイオリンで、当然音も小さいのですが、古色蒼然とでも呼びたくなるポルタメントにアゴーギグ…いや全くびっくり仰天してしまいました。 ここまで見事にコピーできるには、やはりそれなりの才能が必要だろうなぁ、などと考えておりましたが、もうしばらくすると、そういった演奏が何人も出てきて、ふむ、これは才能とはどうも関係なさそうだ、と判ってきます。まあ要するに、素人のど自慢大会などの見事な演歌と大差ないということです。やっぱり子供は、立派に弾くにしても子供らしくなくてはおかしいのです。後の方では真っ黄色の燕尾服というのも出てきて目が覚めるようでした。 お、次は「大提琴」つまりチェロだ! と思ったら、シンガポール人のヴァイオリンの審査員が、’ Is there any cellist who can tune his instrument!?’ と大声で。おっといけない、オイラの出番だ! 急いで舞台袖へ行ってみると、もちろんスチール弦の小型チェロ、そのアジャスターはもうすっかり元までねじ込まれている上、錆びついて動きゃしないのです。でもアジャスターを緩めてペグを回して、などとやっていたらそれだけで一人分の時間が終わってしまいます。何とかアジャスターが僅かに動いたので、それでよいことにするしかありませんでした。なんだか頼りなげにその男の子は私をみていましたが…。 そんなこんなで午前の部が終わり、強力な空調が寒くて風邪をひきそうな部屋で弁当を食べ、審査員の仲間と暖かいコーヒーを探してうろうろ。しばらく喋って帰ってくると、もうとっくに時間は過ぎているのにまだまだ管楽器をやっています。まあそりゃあそうでしょう、何事も時間どおりになど行くわけはない予定なのです。 よし終わった! また弦を始めよう、と思ったその時、どういうわけか子供ではなくオッサンが出てきました。ん? あの人は…調律師でした。スタッフの誰かが「ピアノの調律が悪くて仕方ないから直せ」と言ったとか言わないとか。なんと!!?? これだけ時間が押しているのに、これはピアノのコンクールじゃないのに、そして審査員も聴衆も座っているのに、その前で調律するというのか?? でもその彼、止める前に始めてしまったのです。 いったん始めたらもう仕方ありません。状況からみればとんでもなく長く、しかし調律としては随分いい加減な仕事を待つこと約30分、今日最も長くステージにいたのは彼でした! 終わったときにはみんなで拍手してあげました。 そういえば、聴衆もまた騒がしくて、まあ中国ではそれが当たり前なのですが、とにかく喋るのを止めないのです。コンクールで、です。こいつら、ホントにのど自慢大会程度に思っていやがる…時々音の小さな子が出てくると、よく聞こえないのです。それで仕方なく、私が2回、韓国人のヴァイオリニストが2回、立ち上がって後ろを向いて、大きな声で注意を促さなければなりませんでした。 さて、しかしだいぶん夕方に近づき、年長者が出てきます。そもそもこのコンクールは、’professional’ と’non professional’のカテゴリーに分かれていて、前者は音楽学校やその前段階の教育機関に入っている人で、短いながらも課題曲を弾かなければなりません。後者は個人レッスンにのみ通っている人で、まったく自由曲です。後者の中にも相当弾ける人がいましたが、概して左手各指の独立の訓練、それからテンポやリズムを保つ訓練の足りていない人が多いように見受けられました。 最後の方に二人、高校〜大学生ぐらいの、なかなか素晴らしい男がいました。きっとそのうち、今既に有名になっている何人かの中国人奏者の後を追って世に出てくるのだろうなぁ、と将来を期待したくなりました。 一つ興味深く思ったのは、とにかく全体に男性の占める割合が非常に高いことです。日本ではこの頃、チェロのような大型楽器でさえ、優秀な子は片っ端から女の子で、男は数えるほどしかいません。女性だと悪いという訳では決してないのですが、オトコとオンナはやはりとても違う性質を持っており(違う生き物だという人さえいますナ)、オトコにできること、オンナにできることは音楽の上でも異なっているのです。もちろんどんな世界でも同じように、それぞれ反対の性質を強く持っている人もいますけれど。次から次へとオトコが出てきてヴァイオリンを弾くのはなかなか頼もしい見もの、聞き物でした。 というわけで、いろいろに延びて約7時間近くの間にヴァイオリンを87〜8人、チェロを10人ほど、ヴィオラとコントラバスが一人ずつ、それだけを聴いて点数を集計、それからまた賞の付け方について一騒動もふた騒動もありまして…ホテルに帰ってきたのは夜中のことでした。 それなりに楽しく、興味をもって一人ずつを注視し、耳をそばだてて聴いていたのですが(ウソではなく、実際なかなか楽しい人もいましたし!)、90数人もの弦楽器を一どきに聴きますと、面白いことにひどい頭痛がするのです。特に「もうやめてぇ〜〜」などと思ってはいなかったのですが…。これはもう、アルコールで麻痺させて、感じなくしてあげないととても眠ることは出来ないのですねぇ…。 いやはやまったく。彼らはまたこれを企画するのでしょうか。毎年、ではないことを願っておりますし、また頼まれるかどうかも分かりませんが。 今回もう一つ興味深かったのは、同じアジア人の中でも随分違うものだなぁということでした。参加者だけでなく審査員の方も含め、中国本土の人、台湾、韓国、シンガポール、それから日本人の、皆音楽に関係する者が、一つのことについてどういう意見を言うか、どう反応するか。本当に楽しいほど違うのです。まあしかし、それは個人差でもあるのですから、誰がどうしたということをいろいろ書くのは止しましょう。 私の友人、Lan Kuとその奥さんはとてもとても頑張って、僅かしか眠らず、間違いだらけのリストを何度も作り直し、お金の計算をし、最後まで全てを笑顔のうちに終わらせました。彼らの人格によって審査員たちは集まり、どんな事態になっても大げんかなどにならずにすんだのでした。本当にご苦労様! でもやっぱり、今度はもっと準備ちゃんとしてちょーだいねぇって感じでした。 シンガポールより暑い日本に帰ってほんの数日、今度は長野の講習会が始まったのでしたが、それについてはまたいつか書くことに致しましょう。 駄文をお読み下さって有難うございました! 皆様、どうぞお元気でお過ごし下さい。 鈴木秀美 |
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