ライプツィヒ国際バッハ・コンクール(3/4)
2004/07/30

  ファンの皆様にはもうご存知の方も多いと思いますが、ガブリエッリの リチェルカーレは通常一般と違う調弦(スコルダトゥーラ、A線をGに下げる) で弾く のが前提です。しかしそうすることはコンクールの条件に書き記されていなかったの で、調弦を変えないで弾く人もいました。途中に一度だけ出てくるC-E-Gの和音はス コルダトゥーラでなければ弾けないので、調弦を変えない人はどうするのかなと思っ て見ていましたが、左指で押さえてうまくごまかす人、また音を一つ抜かす人もいま した。バロック楽器でスコルダトゥーラにしない人もいれば、スチール弦のモダン楽 器でもきちんと調弦を変える人も多くいたのが面白いことでした。5弦の楽器を調達 することは難しかったとみえ、組曲第6番を弾いた人はいなかったので、本選ではや はりスコルダトゥーラの第5番を6回聴くことになって、図らずもこのコンクールは、 チェロの調弦が一種類とは限らないのだということを明らかにするものとなりました。
  ガブリエッリには、いろいろと装飾音を入れる可能性を記した出版譜 ――私の考えでは甚だしく見当違いの――があり、その影響もあってか、後期バロック のようなトリルを入れたり、訳の分からない装飾をいれたりする人もいました。音楽 が如何に奥深いものではあっても、曲一つだけを知ってその国や時代の趣味を理解し ようとするのには無理があります。

  チェロを勉強する過程では、チェンバロと共に演奏することもそう多く はないのが普通でしょう。ボッケリーニのソナタも、緩急2楽章のみという間違った 形で取り上げられることもあるイ長調(第6番と言われるもの)だけが知られており、 今回のハ短調、ハ長調はどちらも有名ではありません。ちなみに、このハ短調1曲の みはオリジナルがアルト記号で書かれているもので、想定されている楽器の大きさ他 条件が異なっていることも考えられるものです。

  ベートーヴェンの後期のソナタは、コンクールなどで若い人が弾くもの ではありません。もちろん自分自身が解らなかったからといって他の人がそうとは限 りませんし、若くして深遠なことが理解できる稀有な才能を見つけ出すためにもコン クールはあると言えるかもしれません。しかし少なくとも今回、この音楽を理解して いると感じられた人は一人もいませんでした。不思議なことに、世の中には歳を取ら ないと弾けない音楽というものがあり(指は回らなくなっていくというのに!) 自分 が"ready"ではないうちにそれを弾いても仕方がない、というのが私の意見です。

  本選で演奏されたバッハ第5番の組曲は、これまたご存知のようにチェロ 組曲中唯一フランス風の趣味で書かれた音楽です。典型的な付点のリズムで始まるプレ リュード、やはり付点と装飾的な音符がちりばめられたアルマンド、二分の三拍子で書 かれたクーラント、サラバンドはやや例外的ですが、ガヴォットと「カナリー・ジーグ」 と呼ばれる種類で鋭いリズムのジーグなど、とても特徴的な曲が配置されています。 これをヨーロッパの若い人達がどのように演奏するかを楽しみにしていたのですが、 フランス的と言える演奏はありませんでした。
  予選では、概して「バロック」と名の付いた楽器で登場した人の方がどちら かというとルーズで、リズムやテンポがしっかりしていなかったのですが、本選に残った のは一人を除いて全部モダン楽器、しかしその中で、第5番を多少なりとも規則的な 拍感(パルス)をもって演奏したのはただ一人だけでした。クーラントは概して速すぎ、 ガヴォットは重すぎ(大きすぎ)、そして不思議なことにジーグはずいぶん遅いのです。 もちろん、どのダンスはどのテンポでなければならないということはなく、その性格を 持っているかどうかということが大切なのですが、やはり性格を理解するのに限度と いうものもあります。何はともあれ、正しく指定された調弦で演奏することを義務づけた 大変珍しいコンクールでもあり、皆さんがバロックの演奏法にいくらかの興味は持って いたと言えるでしょう。

  C.P.E. バッハのコンチェルトは、おそらくコンサートでお聴きになる ことが大変少ないでしょう。普通のレパートリーには入っていないのです。それでなく ても数が多くはないチェロのソロ・レパートリーの中で、ヴィヴァルディのコンチェルト とボッケリーニやハイドンの間に位置する大変貴重な作品なのですが、どういうわけか C.P.E. バッハの言語は、モダンの世界ではまったく歓迎されないのです。彼の音楽を どのように扱うかよく解っていなかったのは参加者だけではなく、本選の伴奏をした オーケストラも同様でした。聞いたところでは、参加者は一人1時間ずつの練習時間 しか与えられていなかったそうで、オーケストラにとっても極めて異例なプログラムで あるこれらのコンチェルトをそれだけの時間で何らかの形を持った音楽にせよというのは 無理が大きすぎたようです。審査するべき対象はもちろんソリスト一人ですが、 未消化なままの音楽を何度も聞かされるのは正直に言って苦痛でした。