ポーランド便り
2002/6/20

   皆様いかがお過ごしでいらっしゃいますか。

   長らくご無沙汰しておりましたが、ようやくポーランドから生還いたしましたのでご報告申し上げます。

   昨年9月の惨事のおかげで経済的状況が俄かに変化し、ポーランド再訪に1年以上も間を置くことになりました。そのような事態にもかかわらずまた招かれ、ともに仕事をするのはとても嬉しいことです。昨年3月に参りましたときにはヴィヴァルディのレストロ・アルモニコ全12曲のコンサートを3回、しかもチェロを弾きながら指揮というコンサートでしたが、何より大変だったのはスコアの譜めくりでした。休憩2回のコンサートは長すぎるといったのですが、ポーランドの人たちは長いコンサートを喜ぶんだとか何とか言って、ずいぶん働かされてしまいました。

   今回は、かねてからやろうとしていた古典派のプログラムで、ハイドンの15番、チェロ・コンチェルト、そしてモーツァルトの29番という予定でしたが、そこにハイドンのホルン・コンチェルトが加わって、偶然にも一つのコンサート中に同時期のコンチェルト2曲を聴くという面白いものになりました。ホルンはノルウェー人のスタイナー・ニールセンといい、やたらに背が高いので話をするのに大変な他は、とても気持ちがよく上手な人でした。しかし、4日間練習の後連続5回コンサート、毎日車で移動、リハーサル〜本番というなかなか強行軍のスケジュールでした。余談ですが、ポーランドの道路事情はまだかなり悪いのです。高速道路が殆どないので、せいぜい150Km程度の距離でも悪くすると3時間近くかかってしまいます。しかもどういうわけか、ペーヴメントが波打っているようで、車なのにボートに乗っているのかと錯覚しそうになるぐらい揺れるのです。

   さて、練習は片田舎のレクリエーション施設といった感じの建物で行われ、周りは全部森に囲まれている場所で空気の美味しいのが何よりでした。散歩やサイクリングにも最適と言われましたが、残念ながらそんな時間はありませんでした。練習の後ヴロツウァフ(昔のブレスラウ)〜ポズナニ(彼らの拠点)〜トールン(コペルニクスの生誕地)〜グダニスク(バルト海に面した港町)〜そしてワルシャワと旅行、最後のワルシャワ・コンサートはラジオ局の中のホールで同時中継放送というので少々の緊張ではありました。

   このホールはプティット・バンドでも来たことがあり、寺神戸亮君、シギスヴァルト・クイケン氏とモーツァルトのヴァイオリン・コンチェルトの録音をしたり、またブランデンブルク協奏曲のコンサートに来たりした懐かしい場所です。放送局内のホールとはいえ素晴らしい音響で、そういう場所で演奏することはオーケストラにとって何よりの栄養でした。


   先日のオーケストラ・リベラ・クラシカで奏者・聴衆(の一部でしょうけれど)が共通に感じたことは、ハイドン・モーツァルトといったいわば聞き慣れた名前の音楽がいかに新鮮になり得るかということでした。今回のポーランド経験では、ヨーロッパ人奏者を相手に「そうじゃない、こうでなきゃヨーロッパの音楽、ヨーロッパの言葉にならんのだ」と要求する一種の厚かましさと表現の些細な違いを修正し続ける執拗さ、確信とスタミナの両方が必要でしたが、幸いなことに良い方向にアンサンブルが進展して、最後のコンサートは心に残るものとなりました。そこに何カ国の人がいようと、共に音楽し、しかもそれが深まっていく喜びはなんとも表現のしようがありません。

   来年から先にも、さらにクラシックのプログラムを続けていく予定で話し合っています。何年か先に、オーケストラ・リベラ・クラシカとの合同プロジェクトができないものかと夢をふくらませながら、帰国の道すがらこれを書いています。いくつかの写真もどうぞお楽しみ下さい。

練習場所
ヴロツワフ
ブラームスの『大学祝典序曲』が初演されたところ
練習場所 ヴロツワフ
ポズナニトールン
ポズナニ トールン
グダニスク

この人が全ての仕掛け人、
ツェザーリ・ズィッヒ
『古楽器』よ、さらば!のトップへ戻る