| BCJスペイン・ツアー便り vol.3 2002/3/22 | ||||
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バルセロナのコンサート会場はパラオ・デ・ラ・ムジカ、ガウディと同世代でアール・ヌーヴォーの建築家、ドメネク・イ・モンタネールの手になるもので今や世界遺産に指定されている。しかし、残念ながら音響は見た目ほどには良くない。しかし有名な場所ということもあるのかコンサートは売り切れの盛況で、反応もなかなか良かった。今ツァーで使っているポジティヴ・オルガン、また新潟にも彼製作のオルガンが入っているグリンツィング氏、またサヴァル氏なども聴きに来ていた。 バルセロナで食べたものが悪かったのか、疲れがすでに出てきたのか、次々と病人が出始めた!みんな似たような症状で、下痢と発熱。まずロビンとエックハルトが、そしてサラマンカへの旅行の日にはソプラノのドミニクが、そしてオーケストラにも合唱にも具合の悪い人がいる。バルセロナからマドリッドへ飛行機で、そこからバスで2時間少しというはずだったが、具合の悪い人にはけっこうヘビーな旅になった。途中で休憩と食事のつもりで停まったドライヴインはまだ半分以上建築中!作りかけのホテルに泊まったイスラエル・ツァーを思い出す。反対側の店へ深畑君と大富さんがサンドイッチを調達に走る。 サラマンカのホテルにようやく到着したのは夕方の5時半、コンサートの時間を遅らせるかどうかと協議。ドミニクはダウンで、ソプラノのソロを緋田芳江さんと星川美保さんで分担することになった。ホテルからすぐの会場は劇場で、改装がやっと終ったばかり、これが改装後最初のコンサートだそうだ。悪い予感…は的中して、なんとも安普請の反響板で囲われた埃だらけの狭いステージは塗料か接着剤の強烈な臭いで息苦しいほどだ。コンサートは結局30分の遅れで始まった。ロビンとエックハルトは快復、元気で歌えることを喜んでいた。代役二人も大健闘。終演後は近くのバーでハモン(ハム)、チョリソなどをつまみに美味いワインを飲む。 出発日のフランクの急病に始まってさまざまなアクシデントが続出、まことにこれは「受難」ツァー、と苦笑しているが、次に出てきたのはバス・ドライバーのストという知らせだった。今日はサン・セバスチャンへ行く日、マドリッドまでバスで戻って飛行機という予定だったが、ストのおかげでバスでは空港に入れない由。仕方なく全行程をバスで行くことになった。バスの苦手な人には辛いが、荷物運びもないしのんびりうたた寝していけばよいのだから楽なものだ。というわけで、その車中でこれを書いているけれど、バルセロナ以来毎日、ホテルの電話が旧式のパルスで、なぜかトーンでしかダイヤルしてくれない僕のコンピュータでは繋ぐことが出来ない。いつになったらこれを送れるのかな、と考えつつ。 | ||||
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