| 「弦」楽器の音 2002/7/22 |
前回は、弦楽器奏者の「筆」たる弓は選ぶべしということを書いたので、今回はその弓でこする弦について少しお話ししようと思う。 ヴァイオリン属の楽器が世に出現して以来、その殆どの時代において「弦」が意味するものはガット、つまり動物の腸を縒りあわせたものであった。それしかなかったから、ではない。チェンバロなどでも知られるように、金属を細くして弦を作る技術も古くから存在したが、ガットを張ったチェンバロは存在しても、金属弦を張ったヴァイオリン属の楽器は現れなかったのである。 スチール弦が登場してくるのは1920年代頃からで、まずはソロ奏者がヴァイオリンの一番細い弦に使い始めた。反対にコントラバスでは、太くて扱いづらい最低弦からスチールが用いられ始めたようだ。しかし、少なくとも1950年代前半までのオーケストラは概ねガット弦で、奏者のテクニックもそれに合ったものであった。私の師であった故井上頼豊先生は、(几帳面な彼らしく昔の手帳を見ながら!)新響時代の1954年にスチール弦を使い始め、自分は(試すのが)とても早い方だったと教えてくださった。 オリジナル楽器奏者であってもなくても、歴史は同じ、ただそこに何を見るかが変わるだけである。作曲家が脳裏に「想定した」弦楽器の音について考えてみると、それがスチール弦の響きとなるのは、早くても1950年代後半からであろう。50年代既に作曲していた人が若いときから聴き慣れ、イメージとして持ち得た弦楽器の音は殆ど全てガットのはずである。幾人かの作曲家、たとえばバルトーク(1881-1945)、ラフマニノフ(1873-1943)、ドビュッシー(1862-1918)、ラヴェル(1875-1937)…それより昔の人は当然のこと、彼らの創造の泉にあった音もガット以外にあり得ない。SP時代の名人達の音も、殆どみなガットである。ガット弦はバロック楽器の特徴などではない。「スチール」が、20世紀後半という特異な時代の特徴なのである。 ガットはすぐ切れると信じ込んでいる人がいるが、私は、人前で弦を切ったのは今日までの23年間で1度だけ、それも使い始めた翌年のことだ。切れるときはスチールでも何でも切れる。ざらついて左手指がひっかかるという人もいるが、それは使い方次第。ガットは、指を立てれば留まり、寝かせれば滑る重宝な道具である。音のざらつきは暖かい音色に必要なものだし、ガットの音色のパレットは、スチールよりもはるかに多い。耳元でツルツル綺麗な音は、概して人には冷たく響くものだ。 たしかに、温度や湿度で変化しやすいという難点はある。しかしそれは自然食品などと同様、質を求めれば仕方ないことだ。芸術とは、質を追求するもののはず。 とはいうものの、これから日本は夏。蒸し風呂のような外気と冷蔵庫のような室内…ガットが恨めしく、自分の人生を疑いたくなる時期ではある。 名古屋しらかわホール友の会発行『音彩』への連載第2回目。第30号(2002年7月発行)に掲載
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