コウボウの筆先3つ
2002/2/22, 3/4
バロック弓。およそ弓で弾く弦楽器が出来てから18世紀中頃までの弓先は、 どの楽器であっても多かれ少なかれこのような形状であった。
18世紀から19世紀への変わり目頃のタイプの弓。アックス・ヘッド(斧アタマ)とも呼ばれる。ちなみにバロックはパイク・ヘッド(カマス頭)、現代の弓はスクエア・ヘッド(四角アタマ)。
ロマン派〜現代の弓。先に重さを与え弓の反り方を逆にすることによって、弓はジャンプし易くなり、長く音を保ち易くなったが、バロック弓のような発音と語り口は失われた。何も失わずに変化した道具は無く、楽器が「進歩」したと呼ぶのは現代人のおごり。
  皆さん、

  ご覧ください。「筆先」だけだってこんなに違うのです。これは、単にカタチが違うということではなく、下へ行くに従って弓先が重くなるということです。もちろん、これらの中間にあたるようなタイプの弓、例えば「スワン・ヘッド」と呼ばれるような弓もあり、有名なペカットも初期にはそのような弓を作っています。時代が下って音楽のニーズは変化していきますが、音そのもののあり方に似せて作られたようなバロックの弓を見てきた(作ってきた)目には、弓先を重くすれば音が保ちやすいとかジャンプしやすいというようなことが理屈でわかっていても、すぐに3番目の弓のようにすることは「美意識」が許さなかった、ともいえます。すっと消えてなくなるようなバロック弓のスマートな「筆先」から見れば、なるほどたしかにモダンの弓先はいかつくて無骨な「四角」です。ですから、その途中の試行錯誤として、スワン・ヘッドやアックス・ヘッドが登場し、そして段々と「美意識」そのものが変わっていったのでしょう。

  一般的に、モダンの世界で「弓」というと1にトゥルテ、2にペカット、3にサルトリー、4に…とか言う感じで考えられる方が多いのではないかと思いますが、これらを並列に考えることは歴史的には正しくありません(ましてや、ブランド的に名前や値段でしか判断できない人はその弓を持つ資格がない)。トゥルテと呼ばれるものにはいろいろあって一概には説明しきれませんが(これを話し始めると寝る時間がなくなる)、フランソワ・トゥルテは18世紀の人です。しかしペカット(本当は3人、一番有名なのはドミニク[1810年生まれ]、その弟のフランソワ[1820年生まれ]、そして息子のシャルル[1850年生まれ])は全然違う時代の人なのですし、サルトリーはもっと後の人です。トゥルテかペカットのどちらを買おうかしら、という逡巡そのものがオカシイと感じていただきたいのです。

  時代が違えば求められている音色や性能も当然違うわけで、それらを今同じことをするための道具として判断しようというのはあ まりにも乱暴な話です。19世紀にはさらにヴォアラン、ラミー(親子)、またタッブスなど、所謂「モダン」のカテゴリーに入る形状の中には有名な弓つくりが大勢おり、それぞれ素晴らしい弓を作っていますが、そのような、基本的に同じスタイルの中での個体差と、写真でご覧いただいているようなスタイルそのものの差とは別の話なのです。スタイル(様式)によって性能が違うということと、この弓は(スタイル的にこの音楽には合っていないが)素晴らしい、という話は混ぜこぜにしてはならないのです。

  昨今、あまりにも安易に、楽器は何も変えずに弓だけ取り替えて「オリジナル楽器的」とか何々奏法を取り入れて、と称する演奏が増えていますが、道具を離れて「奏法」だけが存在するわけはなく、私はそういうことをする人たちに「箸で食べたら日本食なの?」と聞きたい。そんな簡単に出来ることなのなら、オリジナル楽器奏者たちは愚鈍なカタツムリなのでしょうか?

  どんな道具にしても、それがそうあることの理由と目的を理解しなければそれを使う意味がありません。単に何が不便とか、ちょっと便利とかいった目先の違いが見えるだけです。本当に変えなければならないのは楽器や奏法ではなく、アタマです。しかし、自分の仕事がもっとも効果を発揮し音楽と自然にフィットするために、筆は選ぶべし!

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