| 第16回カフェのアフター・テイスト
2003/11/06 |
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ガット・ファン、バッハ・ファン、そしてカフェ・ファン(?)の皆様、 去る11月1日には、第16回ガット・カフェにお出でいただき有難うございました。 久々に課題がバッハの組曲だったからか、或いは実相寺という静かで落ち着いた場所だったからか、 理由はともあれ、本当に多数お集まりいただきました。感謝申し上げます。(60席限定というと80人 申込みが来る、普段ホールのコンサートではチケットの売れ行きに一喜一憂するというのに... 今度から500席売りたいときには300席限定といって販売することにすればよい、ということか??) 冗談はさておき、4時間で8人の受講者に弾いていただくのは大忙しで30分ほども延びてしまい ましたが、1番のプレリュードから4番のクーラントまで、いろいろな部分を取り上げました。ア マチュアの方もいらっしゃいましたし、実際に弾く時間は短かったかもしれません。しかし、カフェ は何度も弾いてみるというより、一度弾いたことからいろいろな問題点を見いだし、それについて みんなで考えるといった時間ですから、その点はご容赦願いたいと思います。それぞれの方につい て、どの曲にも当てはまるような基礎的・根本的なアドヴァイスも差し上げたつもりですので、何 か参考にしていただければ幸いです。 カフェでもお話し致しましたように、20世紀の最後から今世紀の初めにかけて、この組曲の「究極 的」楽譜が二種類出版されました。一つはベーレンライターのセットであり、もう一つはブライト コップフ社から出版されたものです。前者には、4種類の筆写譜、1824年の初版譜、それらについ ての考察の冊子と、全ての違いが一目瞭然、しかし一切スラーの書かれていない現代譜が含まれて います。つまり、全ての資料を提示するから後は自分で考えよという姿勢で、無責任にも見えます が、何十種類もの楽譜が出版された19〜20世紀の歴史を振り返って考えれば、さもありなんとも言え ます。一方後者は、一見今までの出版物に類似していますが、監修しているのはキルステン・バイ スヴェンガーさんという音楽学者で、研究の結果としてスラーは書き入れられているものの、A. マグダレーナ・バッハの筆写譜についての考察が詳しく述べられており、付録としてその筆写譜も 含まれています。どちらも、過去の演奏家たちが自分の演奏や考えを楽譜に記そうとした個人的色 づけの濃い楽譜とは全く異なった姿勢から生まれてきたものです。 もちろん、これらを勉強して、自分なりのスラー付けのロジックともいうべきものが確立されれば いうことはないのですが、なにぶん弦楽器において、一スラーに含まれる音符数が一個違えばもう、 アップとダウンがひっくり返って天地逆さま、ポンコツ自動車のように腕の動きはストップしてし まうのですから、問題はそう簡単ではありません。そのうえ、その悩みをさらに深くしてくれるの が我が師ビルスマの著作で、あれを「ちょっとだけ」読んで取り入れようとするともう、にっちも さっちも行かなくなってしまいます。というわけで、いろいろ考えなければならないのは分かって いるけれど、まずは音が並ばなきゃ…というふうに、知らず知らずのうちに頭の中はスラーと指使 いで一杯になってしまい、さて音楽作りはどうやって?ということがお留守になりがちです。 今回のカフェでは、いろいろな場面で「ここのバスは何の音でしょう?」「ここの和音は?」といっ た質問を出し、聴講の皆さんにも考えていただきました。中には私のイタズラ心の産物もありますが、 バッハの音楽であり舞曲であることに違いはありませんし、若干の和声の規則に従って考えれば、 和声やバス・ラインの進行に無尽蔵の可能性があるわけではありません。旋律線と共に和声の進行 を考えれば、どこでフレーズが終わりどこから始まるかということも分かってきますし、それによっ てどの音を強く、どの音は軽く弾かなければならないかも分かってくるのです。そしてその後に、 喋り口調、単語の付き離れや滑らかさなど、微妙な彩りとしてスラーが出てくるのです。まずは全 体の大まかなラインや構造などを頭に入れることが大切です。 バロックの音楽には、「小節の最初の拍は一番大切、最後は一番弱い」「不協和音は強く、その解 決である協和音は弱く、その繋がりを切り離してはならない」という大切な規則があります。これ は誰が決めたというものではなく、「自然の法則にならって音楽を作るには」こうするべきという ものです。この規則に従って音を並べれば出来上がり、ならばいいのですが、あに図らんや二つの 規則は非常にしばしば相容れず、弱い拍に不協和音が来たりその逆だったりして頭を悩ませてくれ ます。しかしながら、このような規則は「楽器の演奏から離れた調和」のためのものですので、そ れを考えながら弾けば、その弓がダウンでもアップでも、スラーが二つでも三つでも、「やるべき こと」は変わらず、道が見えなくなってしまうことはないのです。また、組曲はプレリュードから ジーグまで大体同様の和声進行に沿って作られていますから、他の楽章も参考にしながら考えれば よりよく解ります。 さて、曲を理解できたとしても、人前で弾くことはまた別です。演奏とは何かを人に伝える作業で すから、伝えたいという意志の働きが必要ですし、さらにその音楽を人と共有するのだという姿勢 が大切でしょう。聴衆におもねるわけではありませんが、やはり目の前にいる人に向かってものを 話すように考えるのが自然ですし、当然その人数や顔ぶれにしたがって演奏の仕方も変わってきま す。目の前にいる人に向かって大声で喋るのはおかしなことですし、大勢が聴いているのにぼそぼ そと小さな声では聴き取れません。50人には50人相手のように、500人にはまたそのように話すこと。 それが組曲の時には大切です。私たちチェリストは全く一人で演奏することが少なく、またいつも 「大きく強い音で」弾くように教育されていますから、気がついてみると全部の音を不必要に大き く弾いている、ということがよくあるのです。 旋律とハーモニー、バスを全部一人で「休みなく」やる、これはチェロにとっては大作業で、組曲 をとかく特別視してしまいがちです。しかし鍵盤楽器奏者は毎日やっていることですし、組曲自体 は何も特別なものではありません。楽器と離れたアタマを保つ、このことがチェロ組曲の演奏には ことさら大切です。結局のところ、私たちは楽器の音を聴くのではなく、その音の後ろにある何か もっと深い意味を感じ取るのですから。 さて、今までいろいろな題材を取り上げて、ある時は緻密に、ある時はあまり締まりなく続けてき たカフェですが、気がついたらもう16回にもなっていました。この先どのように続けていけばよ いか、題材や時間の配分、コンサートについて等、いろいろ考えるべきことも出て参りましたので、 申し訳ありませんがしばらくお休みさせていただきたいと思います。次回はまだはっきり決めてお りませんが、来年度に入ってから、と考えています。何かご意見・ご提案がおありの方は、 gutcafe@hdm-olc.comに メールをお出し下さい。再スタートの詳報はまたページ上でご案内 させていただきます。 最後に、このホームページの管理とカフェの運営についていつも私の活動を支えてくださっている 江浦仁美さんと中尾晶子さん、そしてヴァイオリン製作者の鈴木健一さんに心から感謝申し上げま す。 では皆様、秋・冬はガットにとって過ごしやすい時期です。どうぞガットとの取っ組み合いをお楽 しみ下さい。また来年!
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