『ロマンス』プログラムについて
2002/2/20
  コンサート情報のところでご覧いただける「ロマンス」の録音、それから今月27日に予定しているそのトライアウト・コンサートというのは、後期ロマン派の小品集です。

  昨年12月1日に青葉台フィリア・ホールで行なった同名のコンサートにいらした方は、そのプログラムに私が書きましたことをお覚えかもしれませんが、もう一度ここでご説明いたしますと、もともとこの話はある方から持ちかけられた録音の話がスタートでした。後期ロマン派の『知られざる』名曲の数々を是非録音してもらいたい、というもので、私の知らない曲の楽譜をたくさんお持ちでした。では誰と弾くか。いつも一緒にやっている小島芳子は19世紀後半の大きなピアノは弾かないぞ…これが悩みの始まりでした。

  実際、19世紀後半、ブラームスなどの時代のピアノには現代のピアノよりまだまだもっと鍵盤の重いものがたくさんあって、軽量の小島さんは「鍵盤やペダルを押しても下がらないで自分が持ち上がる」といって笑うほどのものです。レコード会社の関係もあって他の方、いわゆる「モダン」のピアニストとやる話も途中まで進めましたが、今までバロックやクラシックの音楽、そしてオリジナル楽器の数々を勉強し経験してきた経緯があってこそ、今このロマン派という別世界の音楽を演奏する感慨もあれば意味も深まるのだということを考えると、やはり私は小島さんとやらないわけにはいかず、断ってしまいました。そこで、彼女に弾ける19世紀後期のピアノがあればよいのだと発想を転換して、ピアノ探しから始めることにしました。

  いろいろな方にメールその他で尋ねまわっていたところ、アムステルダムでエラールを売りたがっている方の話を聞き知りました。ベートーヴェンのソナタ第4,5番の録音はオランダ・ハーレムで99年の11月初めに行ないましたが、その合間に、小島さん、ザ・ピアノ・ビルダーのクリストファー・クラーク氏(私たちのベートーヴェン全ての録音に使ったピアノを製作した現代きっての製作家)、それにデン・ハーグでフォルテピアノを勉強している平井千絵さんも一緒にピアノを見に行くことができたのです。

  狭い部屋に置かれていたピアノは、持ち主のインテリア・デザイナーの話によれば少なくとも25年はちゃんと弾かれたことがないということで、小島さんや平井さんがいろいろと試し弾きするのを、目を細めて聴かれていました。クラーク氏がいろいろ細部も見て、手を入れて調整すればよくなるだろうと言ってくださったので安心できました。しかしそのとき私は既に日本に移り住んでいましたので、運搬には多くの手続きがあってメールやファックスが山となったり、また象牙鍵盤のための書類に不備があって、もう少しでどこの国にも入れないことになりかかったりで、最初にピアノを見てからフィリア・ホールでのコンサートまで2年と1ヶ月、実に長い時間がかかりました。

  日本に持ってきてどこに置くか。これは第2の問題でした。最初は府中の楽器屋さんのお店に置いていただき、それからチェンバロ・フォルテピアノ製作家の堀栄蔵さんの工房でじっくりと調整をしていただきましたが、その後はどこへ?「ピアノが入る」というだけの大きさの部屋に入れても合奏はできませんし、ピアノの音を判断することも出来ません。そこで、不思議なご縁で2年程前からお付き合いが始まった池上のお寺、実相寺にご無理をお願いして、そこのロビーに置いていただくことになったのです。そこは私自身バッハの組曲などのコンサートをしたことがありますし、他にも講演会あり、落語あり、はたまた小室等コンサートやちゃんこ鍋の会もありという、実に多種多様な活動をされている文化の発信地です。

  27日にそこでトライアウト・コンサートをした後、3月の初めに録音をいたします。多くの方の知識、技術と多大な援助とを得てようやく25年の眠りから覚めようとしているエラール。大きな楽器ではありませんし、エラールとしても別に最高級のものではないでしょう。しかし現代のピアノでは味わえない魅力がたくさんあり、フランス印象派の作曲家たちがなぜああいう音を書けたのかがよく解る気がするのです。これに合わせて弾く私のチェロはエンドピン付きですが、弦はガット弦です。19世紀の末期は、ようやく本当にエンドピンが一般的になってきた頃で、付いているのが「オリジナル」だからです。

  一介のチェロ弾きでありながらピアノが好きでたまらないので、ピアノの話ばかりになってしまいました。コンサート、そしてBMG、ドイツ・ハルモニア・ムンディから秋には発売される予定のCDを皆さんがお楽しみいただけましたら幸いです。

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