| 「デュオ」の歴史 2002/2/15 |
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小島芳子さんと初めて共演したのは1983年11月2日のことです。YWCA主催のリサイタルで、場所は世田谷区の砧区民会館という小さなホールでした。ホールに備え付けのピアノを嫌い、その翌月に予定されていた岡田博美君とのリサイタルと合わせてベーゼンドルファーのピアノをキネブチピアノからお借りし、しかも調律は古典調律にしてみるという、採算度外視、実験精神旺盛なもので、プログラムはフォーレの2番のソナタ、マルティヌーの「スラヴの主題による変奏曲」、ドヴォルザークのロンド、コダーイのソナタ、ドビュッシーのソナタ、そして外山雄三さんの「こもりうた」。ちなみに岡田君とのリサイタルはベートーヴェンの4番とブラームスの2番のソナタ、ショパンのソナタ、それにレーガーの小品を3曲というものでした。 その後84年にも何度か共演しましたが、僕はその年の秋、小島さんは翌年にオランダのデン・ハーグ王立音楽院へ留学することになり、今度は向こうでオリジナル楽器によるデュオを始めたわけです。小島さんの先生、スタンリー・ホッホランド氏のレッスンには、よくベートーヴェンのソナタなどを持っていったものです。 チェロとピアノのデュオというジャンルを考えるとき、まず頭に浮かぶのはベートーヴェンの一連の作品です。この作品群が実はこのジャンルそのものを確立したのだということはご存知でしょうか。第1番と第2番のソナタop.5、そしてヘンデルの主題による変奏曲が作曲されたのは1796年のことですが、それ以前のチェロの作品は通奏低音のついたものでした。(無伴奏の作品はバッハの組曲以降作曲されていません。)それらのソナタでチェロはもっぱら旋律を受け持ち、華麗な高音域も用いられましたが、ベートーヴェン作品ではかえって中・低音域が巧みに用いられてチェロがいろいろな役割を担い、音楽的にピアノと対等な意味深さを持つようになっています。ベートーヴェン自身にとっても初めての試みであったチェロのための作曲はまさにこのジャンルの幕開けといえるもので、中期の第3番、後期の第4、第5番と合わせ計8曲のチェロ作品は、バッハの無伴奏組曲と並んで、チェロ音楽史全体の中で一つの大きな道標となっているのです。 このような作品を現代のピアノと一緒に弾く場合、チェロはまず音量を十分に得ることを考えなければなりません。奏者は書き込まれているスラーを適宜変更してもっと弓がたくさん使え、音が大きくなるようにしなければバランスが取れないのです。現代ピアノの音色を考えると、チェロもそのようにたくさん弓を使った音色にした方がよいのかもしれません。 一方、オリジナル楽器でベートーヴェンの作品を弾くとき、この事情は殆ど完全に逆転します。チェロ奏者は、チェロが「大きな音の楽器」なのだということを常に認識し、大きく弾き過ぎないようにしなければ、ピアノのパートが聞こえなくなってしまうこともしばしばです。しかし、音量をうまく揃えるとフォルテピアノとチェロの音は驚くほどに混じり合って、どちらが弾いているのか判らないほどにもなり得ます。 小島さんと最初に録音したのはベートーヴェンの第3番のソナタとシューベルトのアルペジォーネ・ソナタでしたが、それに続いて初期の5曲、つまりop.5の2曲と変奏曲3曲を録音しました。3番に使ったピアノはクリストファー・クラーク氏製作のヨハン・フリッツ、オリジナルは1815年のウィーンのピアノで、同じものを4番と5番のソナタにも拝借しました。Op.102のこの2曲が作曲されたのは、まさにこのピアノと同じ1815年です。録音の経緯やそれぞれの曲については、CDのブックレットや拙著「『古楽器』よ、さらば!」の中に書きましたので、どうぞご一読ください。 今目前に迫っている録音は、ベートーヴェンから約100年ほども時代を下ったロマン派後期の小品集、これを1892年製のエラールのピアノで演奏します。近々、これらのピアノの写真、そして特徴などをご紹介していきたいと思っています。どうぞ、お楽しみに。
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